2013年11月30日土曜日

水の大切さ









川に行く度にこんな話を子どもにします。
蛇口をひねって出てくるお水は、浄水場を通ってきます。
浄水場は、川や湖、貯水池や地下水などの水を人が飲めるようにするところです。
沈殿池やろ過で汚れを取り、細菌が繁殖しないように、
塩素で消毒をします。
こうして、口にすることができる安全な飲み物を作るためには、
これだけ大変なことをしなくてはいけないのです。
川や海の水が汚れてしまうともっと大変になります。
だから、今目の前を流れている川の水を汚すようなことをするのはやめましょう。
食べ物や飲み物の残りをそのまま流してしまうこともやめましょう。

例えば、コップ1杯の牛乳をそのまま川に流してしまったら、
イワナよりもうんと汚れに強い鯉が住めるくらいのきれいな状態にするのですら、
約2800リットルの水が必要です。
2800リットルというのは、お風呂の浴槽のお水約14杯分です。
それくらいたくさんのお水で薄めてやっと鯉も住めるくらいの水に戻すことができます。

こんな話をすると、これは大変だといわんばかりの顔をします。
だから、食べ物は残さず食べましょう。
残してしまったときはお水に流すのはやめましょう。
食器やお鍋の汚れや油はきれいに拭いてから洗うようにしましょう。
と、すぐにやれることを話すと、子どもは一生懸命取り組みます。

こういう取り組みが、とても大切だと思います。


近藤崇

2013年11月28日木曜日

火の大切さ

















 私は、釣った魚をさばいて七輪で焼いて食べるのが好きです。
子どもたちも美味しそうな音を立てて焼ける魚を、
まだ焼けない?まだ?まだ?とワクワクしながら見ています。

 
今は、子どもたちに危ないからと触らせなかったために、
「火」が熱いことや、
「火」の熾し方を知らない子どもまで現れているそうです。


便利で安全なものというのは重要です。
IHを否定するつもりはありませんが、
でも、子どもが普段の暮らしの中で
一度も火を見ないで成長してしまったら、
どういう大人になってしまうのだろう。


例えば、電子レンジでチンした魚と、
お庭で火を熾し炭火で焼いた魚。


どちらが美味しく感じるだろうか。


あっという間に出来上がり、
手間もかからず、
便利で手を汚すこともなく、
火傷をする心配もなく、安全なのは、電子レンジで調理された魚だろう。

 ◯分とセットして、ボタンを一つ押せば出来上がります。
 すべて機械任せです。


 方や、自分で七輪にセットした炭に工夫しながら火を灯し、
 パチパチという音を立てながら焼いた魚。

 もちろん、火を熾すまでも時間がかかり、
 焼き上がる時間も、
 電子レンジのように何分と計ることはできません。


 目の前にいる魚の様子を見る目と、
 ジュージューパチパチと火に炙られている音を聞く耳。

 ちょうどいい塩梅なのか、焦げてしまったのか、
 匂いで感じ取り、
 最後は魚を手で触り、その弾力で焼き具合を判断します。


 素材そのものの変化をしっかり観察しながら
 そうして出来上がった魚はどれだけ美味しく感じることでしょう。
 熱いものを触り、熱いと感じて初めてそれが危険だということがわかります。

 ここまでだったら大丈夫で、ここまでになったら危険だということも。


 時間と手間をかけたものがどれだけ美味しく
 感謝していただけるようになるかということも。


 火を使い料理をすることは、脳を活性化させるという研究結果も出ました。

 親子でこんな風にいっしょに楽料理をすることは、
 コミュニケーションの場にもなります。


 こんなワクワクする体験は、
 子どもにとって忘れられない思い出の一つになるでしょう。


 危ないからと何でも危険なものを子どもから遠ざけてしまうと、
 大切なものを見失うように思えてなりません。 
 
 近藤崇





2013年11月25日月曜日

「知っている」の本当の意味





















「それ知ってる!」
「どうやって知ったの?」

と聞くと、

インターネットに載っていたから。

テレビで見たから。

聞いたことがあるから。

という答えを最近よく聞く気がします。


私は、これは知っているとは言わないと思います。
誰かの知識や、誰かの話は、誰かのものでしかないから。


情報を収集して、知識が豊富になると、知った気になります。
この、“その気になる”ということが、一番怖いことだと思うのです。


その場所に行き、自分の目で見て心で感じる。
実際にやってみて、自分の体で感じる。
これで初めて「知っている」と言えるのだと思います。


だから私は、いつも好奇心を持って、
見たいと思うもの、知りたいと思うことは、
自分の足を使って、その場に行き、
 五感すべてで感じます。


そして、この積み重ねが、その人の感性を創り上げていく、
とても大切なことなんだと思っています。


近藤崇


2013年11月23日土曜日

思い出のあるモノ




















毎年お誕生日を楽しみにしている彼は、


今年は、
「ボク、お誕生日にパパと同じ靴が欲しいなぁ。」



と言いました。



今度時間をとって、

いっしょにその靴を売っているお店に行き、

実際に履いてみて、

どれがいいか、自分の納得いくものを選び、

その気に入った靴をプレゼントしてあげようと思っています。



今の時代は、インターネットでポチっとすれば、
何でもモノが買える時代です。


もちろん、忙しい人にとってはとても便利です。



でも、なんだかとても味気ないように思うのです。



例えば今回のこと。
いっしょに買いに行くという出来事は、
彼のお誕生日のまた一つ思い出になります。


その靴を履く度に、いっしょに買いに行った楽しい思い出が蘇ることでしょう。


私自身がそうだったように。


モノは、そうやって命が吹き込まれるように思います。


私たちの身の回りは、たくさんのモノに囲まれていますが、
こんな風に一つ一つのモノにそんな愛しい思い出があれば、
そのモノをとても大事にし、
簡単に捨ててしまうことなどできなくなると思います。



忙しい毎日ですが、
こんな風に、
丁寧に、
子どもたちに伝えていきたいと思っています。


大切にしていきたい一つの行事です。


近藤崇